アクト-レヴュードライブ

備忘録的なものです。

いいか 箕田海道を語っていいのは私だけなんだよ『北の女に試されたい』マジ最高

なんですか?これ

 

北の女に試されたい (電撃コミックスNEXT)

 

北の女に試されたい (電撃コミックスNEXT)

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 以前から応援していた箕田さんが、約一年の作画担当を経て(こちらもぜひ)いよいよ「箕田海道」として初めて発表した単独作、『北の女に試されたい』(以下『北の女』)。

 

病月 2 (電撃コミックスNEXT)

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病月 1 (電撃コミックスNEXT)

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 聞くは見るに及ばず、実際に読んでほしいところではありますが、まだ『北の女』、そして箕田海道という作家を知らない方のために、短いながらも紹介を書いておきます。完全初見の方向けですので、もうすでにご存知であるという方は飛ばして問題ありません。むしろ飛ばしてください。

注・箕田海道氏の紹介部分に関しては初見の方向けですが、それ以下の本文に関しましては氏の作品を全て読んでいることを前提に書いています。もちろん、最低限の補助となる説明は書いてありますが、おそらく理解しづらいと思いますのでここにお詫びします。また、記事の性質上ネタバレ全開です。

作家・箕田海道

元々は同人活動をされていた方で、以前にはコミティアや、そこから派生した地方版の一つ、北海道コミティアなどで作品を発表されていました。個人的な話をすると、私が箕田氏を知ったのは北ティア9でのことでした。

本人もファンを公言する中山敦支氏に強い影響を受けた特徴的な画風や、ハイテンションなセリフ進行に代表される印象的な作劇、そして人間の自我に深く切り込んだストーリー、女と女の関係性に対する敬愛が持ち味の作家です。

コミティアなどで発表された、初同人作品である『向日葵は東を向く』、百合を意識して作ったとの『月形家の二人遊び』や、我が生涯を決定づけた「おまえをリコーダーで殴りたい三部作」を経て、

 

act-revuedrive.hatenablog.com

 

いよいよ商業デビューが決定しました。

かの『出会い系サイトで妹と出会う話』が大きな話題を呼んだ、もちオーレ氏とタッグを組み、ダークなテイストの作品である『病月』を連載。それと並行して同人作品である『非存在欲求』を発表、Twitter上に作品を掲載するなど、精力的に活動しています。

そして来たるべき2021年1月13日、『北の女に試されたい』の連載が開始されたのです。

『北の女に試されたい』とは

無駄に背の高い女、北竜が、同じく無駄に背の高い謎の女、黒水にナンパ(控えめな表現)されたことから始まる、女と女の行きずりロードトリップです。

北海道の女への愛で三ページ埋めることができる女、北竜や、謎に満ちた博多の女、黒水、小樽の最果てでバーを営む古都水やその友人明日河、北竜と同郷であり旭川動物園で働く純などなど、箕田テイストに彩られた女達が続々と登場します。

そしてその突飛な展開も見どころの一つです。まずもって主人公たちの動機が「北海道中の女達を抱きまわりたい」の時点でクラクラしてくる魅力を味わえますが、突飛な展開にこそ真理が宿っているというのが私の持論です。やはりハイテンションなセリフ劇によって展開される物語は、旅というファクターを通して個々のキャラクターの根、そして人間存在そのものの根源的なものを描き出します。

また、作画もまた魅力の一つです。以前にもましてキレがある作画は、顔のいい女たちとかわいい動物たち、そしてマツダロードスターと北海道の風景をありありと描き出しています。本当に絵が上手いので、もうそれだけでも見てほしいです。書き込み量の異常さに思いを馳せるなどするといいかと思います。

無論、キャラクターたちの内面も非常に魅力的です。飄々とした尻軽女を振る舞いながらも、その実真摯な敬意と、自らの罪への後悔を抱えている北竜に代表されるように、登場人物たちは皆何かしらへの葛藤と、そこからの逃避を行っています。旅とは本質に於いて逃避行であると言いますが、その旅がテーマである本作が逃避について向き合っている(ある種の背反的状況でもある)のは必然かもしれません。

そんな登場人物たちが、自分たちの抱えているものに向き合っていく課程もまた見どころの一つです。奇想天外なエッセンスによって彩られた本作が描いているのは、試練に対し逃げずに向き合う勇気という、普遍的なものなのですね。

連綿と連なる箕田バース

ここからがある種の本題です。

やはり一人の作家が描いている作品というものは、過去に描いてきたテーマを受け継ぎながら、先鋭化させ、更に新しいテーマを描くものです。映画などの集団制作の作品であっても、一人の監督の思想が強く出るのですから、完全に個人で作ることができる漫画作品は推して知るべし。

故にここからは、過去の箕田作品と、本作『北の女』とのつながりに着目して書いていきたいと思います。

妹という存在と、母というモチーフ

箕田作品において妹というモチーフが重要な存在であるということは、意外と知られていないのではないでしょうか。それもそのはず、妹との存在に切り込んだ作品は、『向日葵は東を向く』くらいしか無いからです。

この作品以降、妹という存在は姿を消し、女と女の関係性に鋭く切り込んでいく一方で、続くと銘打った『向日葵は東を向く』の続編はその姿を見せること無く、時が過ぎていきました。今見ればかなり箕田海道の原液である*1『向日葵は東を向く』ですが、そのエッセンスは『北の女』にも多分に含まれています。

『向日葵は東を向く』は短編集となっている作品ですが、第一話では姉、東子と妹、南のアルバムについての攻防(?)が繰り広げられます。東子が妹の彼氏にアルバムを見せるために、ある写真を一枚抜こうとするのですが、その写真というのが妹、南とキスしている、幼き日の写真です。結果として、姉妹の共同作業の末写真を抜くことに成功した東子は、妹の彼氏にアルバムを渡します。

「一枚抜いてあるからさ」

──『向日葵は東を向く

 という言葉とともに。

特筆すべきは、姉妹のキスという状況と、それを捉えていた母親の存在です。

まず、南と東子は数年来微妙な距離感であったことが、第四話にて明らかとなります。その姉妹の間をつないだのはお互いの恋人であるわけですが、これ以上は『向日葵は東を向く』の話になるため割愛します。そして東子は、妹である南に対して、恋愛感情に似た不明の感情を抱いていました。それはシスコンと呼ばれるたぐいのものですが、そうした感情に決着を付けたのは、諦念に似た観念です。

「南が彼氏を連れてきたときおかしくなりそうだった」

「南と同じようには生きられない

 それはいい 自分で選んだ生き方だから」

──『向日葵は東を向く』

この言葉をもってして東子は自信と異なる存在である南に対して決着を付けたわけです。

そしてこの構図は、『北の女』にて再生産され、さらなる先を描いています。

次に、南の口から、このキスの写真を撮ったのは姉妹の母親であるという推測が語られます。二人の母親が姿を見せることはありませんが、このアルバムを作ったのは母親であることも間違いないでしょう。この時点で、姉妹のすべてを知る存在としての親あるいは母という存在が使われています。

『月形家の二人遊び』にて、両親の死別というモチーフ以降、親という存在は箕田作品から妹と同じく姿を消しますが、『北の女』にて再び、そして何度も再登場することになります。

一度は切り込んだ妹というモチーフに対し、母親というモチーフは全くと行っていいほど掘り下げられていません。*2しかし、長い年月を経て、ようやく母親という存在と向き合うことになり、そして妹を追いかける作品が誕生したことは、ある種の必然ではないかと思います。

女の尻を追いかけるイルカとリコーダー

箕田作品において、一つの象徴的なモチーフは作品全体を貫く存在です。

『月形家の二人遊び』におけるそれは「女の尻を追いかけるイルカ」であり、『おまえをリコーダーで殴りたい』では「リコーダー」であるわけですが、『北の女』でのそれは、「」であり「北海道」であり「」であるわけです。

『月形家の二人遊び』では「女の尻を追いかけるイルカ」をメイドに紹介するお嬢様という構図から作品が始まりました。これは性欲のメタファーであり、イルカは形を変えて交尾の(ときに直接的な)比喩として作品に存在感を及ぼし続けます。『月形家の二人遊び』は箕田氏曰く百合を意識した作品*3であり、描かれているのは女と女が付き合うということに対する真摯な疑問と回答です。

その『月形家の二人遊び』で描かれた結論を受け、作り出されたのが『おまえをリコーダーで殴りたい』です。

『おまえをリコーダーで殴りたい』におけるリコーダーとは、キャラクターのあらゆる感情が結集したイコンであり、作品そのものを象徴するアイコンです。『おまえをリコーダーで殴りたい』の主人公、古郡岬は小学五年生の時に自身のリコーダーを男子に舐められるという経験をしたことから前に進めず、そのリコーダー*4を持って故郷に殴り込みに行くという異常行動を取るに至ります。紆余曲折を経てその復讐劇は完結を迎えるわけですが、この物語は続いていくことになります。

『おまえをリコーダーで殴りたい2』そして『3』は完結した物語の続きであり、女女女の感情の物語であるわけですが、そこでもリコーダーというアイコンは、役割を果たしながらもまったく異なる形で物語の中に現れています。続く予定は無かった物語*5である『おまえをリコーダーで殴りたい』の続編を描くとはどういうことなのかということ。そして自身とはまったく別の人間をルーツに持つ人間と付き合うというのはどういうことなのか。それらを凄まじいドライブ感で構築しているのが「おまえをリコーダーで殴りたい」という作品群なのです。

鍛金とカラオケ、そして卒業

『病月』連載中に発表された『非存在欲求』は再び短編集となり、「非存在欲求」三部作と「滝と佐保」が集録されています。「滝と佐保」に関しては、元々Twitter上で発表されたものであり、大きな話題を呼んでいます。また、「週刊ヤングジャンプ40周年記念賞金総額1億円40漫画賞」の百合部門にて入賞を果たしています。*6

 この二作が同じ本に集録されたことは、あまり繋がりがないように感じる方も多いと思いますが、実は違います。

まず、「非存在欲求」は、専門学校に通う学生の日常を描いた短編です。そしてこの学生たちがやっているのが鍛金です。「非存在欲求」の主人公桂木は存在せずにただ作品のみを純粋に作りたい欲求、非存在欲求に苛まれている存在であり、そんな桂木と友人、古賀、新見の交流を通した本質談義が見どころの作品*7です。

この非存在欲求が重要なポイントであり、本作が描いているのはキャラクターの感情であると同時に、作り手と受け手、この場合は読み手の関係性についてなのです。桂木が語る欲求は、作品作りに於いて何者の介入も干渉も受けたくないという創作者にとって普遍的な欲求であり、また制作物を解釈されることに対する三行半でもあります。

しかしそんな桂木に対し、いや創作できるのは現実含めた色々なものがあるからだし、私は桂木の制作物が好きだから見せてくれという冷静な意見を突きつける存在として、ある種読み手の代弁者としての古賀が配置されています。すなわち「非存在欲求」が描いているのは古典的な創作論であり、それを通した百合であるのですが、これ以上はここで語るにはふさわしくないので割愛します。*8

つまり「非存在欲求」で言っているのは、ダイレクトに作ることへの葛藤と疑問なのです。こうした飾らないダイレクトさもまた箕田作品の魅力のひとつなのですが、そうした文脈は「滝と佐保」において終わりを迎えることになります。

「滝と佐保」ではカラオケで*9出会った高一の滝と、高三の佐保の卒業式までを描く作品です。作品を作ること自体をテーマとした「非存在欲求」から、卒業をテーマにした「滝と佐保」という流れは非常に示唆的ではないでしょうか?

もちろん、詳しい方ならご存知でしょうが、本来「滝と佐保」は『非存在欲求』以前に発表された作品であり、この二作の間につながりは存在しないはずだったのですが、短編集として整理される中で、このような文脈が付与されたと考えると面白いと感じます。

そして学生を卒業した後に描かれるのは、大人が生きる世界であるわけです。

北海道と女と旅

こうして始まった『北の女に試されたい』は、もはや付き合うだの付き合わないだのうだうだ言っている世界観ではありません。爆速でレズセックスが始まる世界観であり、旅の目的は「可愛い女の子を抱き回りたい」です。自我の獲得……キスとかセッ……とかしたい的な*10あれとかという次元はとっくに乗り越え、更に先のステージへと歩みを進めているわけです。

 似通った部分、同じくする志を持つ二人の女、北竜と黒水の出会いは、何かから逃げる為の旅でした。それは、第二話でも確認されたことです。何かへの愛を言い訳に、一方で別の何かからの逃避行を繰り広げる構図が1話と2話なのです。

小樽で出会った女達は、閉塞した環境と関係に対して変化を望みながらも、しかし何かに言い訳をしながら身動きが取れずにいました。その「何か」とは、例えば母親であったり、持っている店であったり、変化への恐怖であったりします。しかしその閉塞した世界に、都合よくナンパ目的の女達が現れることで、環境に決定的な変化がもたらされることになります。風鈴によって抑圧されていた古都水は、自らが作り上げてきた世界を一度脱ぐことで、自らに変化をもたらすのです。風鈴という名のイルカは、移動式バーとして姿を変え現れることとなります。

逃避のための旅の中で、誰かの逃避を止める力を持っている北竜。自らの後悔から逃げ続けている彼女は、しかし妹の夢を見続けているように、後悔から逃れることはできず、事実として、旅の行き先でも自らが残してきた後悔と出会うことになります。

自身の誠意の基準でぶつかり合い、そして一夜限りの関係となってしまった北竜と純は、互いに誠意を見せながらも、純の一撃によって北竜の逃避行は決定的な終りを迎えます。それは純が望んでいた形ではなくとも、純が投じた一石は不可逆的な波紋を加えることとなります。*11純はペンギンを導く飼育員=先導者として登場し、その役割を物語上ですべて果たすことになりました。彼女が投じた一石は、極めて個人的な復讐であると同時に、自分自身に、そして相手に対し標をもたらす一石であり、振り抜けたリコーダーであるのです。

そうして巻き起こった波紋の大きさを隠そうとする北竜に対し、自分に波紋が及ぶことを望まない黒水は北竜に迫ります。

「北竜のその面倒くさい話を解決しに行くか

 目を背けたまま旅を続けるか

 私はしがらみのない旅を北竜としていきたいから」

──『北の女に試されたい

 黒水のこの態度は、絶対的に北竜に対して不干渉の態度を貫いていると同時に、現在の旅、そして関係性の終焉をも意味しています。本来、北海道という同じ大地の上にいる限り、北竜が抱えているしがらみからは決して逃れ得ないのですが、北竜は三年間もの間北海道から離れる選択をしませんでした。その理由はおそらく本人に言わせるところの「愛」であるのですが、同時に忘れることも捨てることもできない呪いでもあります。その呪いを解きに行くという選択は、決して逃れることのできない逃避行の終わりを意味しているのです。

そうして明かされた北竜の過去。強大すぎる母親の影響を否定し、自分自身が選択して今の生き方*12を選んだという答えは、しかし愛する妹に対するキスという帰結をもたらします。自分を理解し、誠意を持って接してくれた妹に対する暴力的なキスは、今まで積み上げてきた選択から逃げ出すに十分すぎる行動だったのです。

そして三年の時を経て、北竜は自らの母親と対峙することを選択します。自我の獲得において、あまりにも大きすぎる影響を与えた存在と対峙し、向き合うという選択肢を取ることで、停滞していた認識を新たにするのです。

恐怖は人の判断を狂わせる、というのはよく言われることですが、それは人と人との関係性においても発生することです。強すぎる感情がその人に対する認識を歪め、時に認識を改めることを停止させてしまう。北竜が母親に抱いていたのは恐怖であり取った行動は逃避であるわけですが、同時に妹に対しては郷愁と自戒を抱いていたことから向き合うことができずにいたのです。

それが端的に現れているのがかつての愛馬ノースドラゴンに子供がいることを知らない下りです。更新されること無く止まったままの世界では先に進むこともまたできないのです。

北竜町のひまわり畑

過去と現在、思い出の中のものと現実のもの、という対比は何度も箕田作品の中で繰り返されてきた構図です。『向日葵は東を向く』では、背の高い向日葵と迷路の向日葵畑がその役割を引き受け、『月形家の二人遊び』では二人の関係性そのものが役割を引き受け、『おまえをリコーダーで殴りたい』ではリコーダーとチューリップが引き受けています。

そして再生産されたこの構図は、母と妹、そして北海道そのものがその役割を引き受けています。自らを産んだ母親に対する逃避、誠意を見せた妹に対する逃避、そして大地そのものへの逃避。その構図が何度も繰り返されながらこの物語は前へと進んでいくのではないかと思います。

北竜町とは、『北の女』の主人公北竜の名前の由来*13である町です。ひまわり畑が観光名所である場所です。

向日葵を中核のモチーフとし、今まで続くテーゼの源流を作り上げながらも、その完成を見ることがなかった作品である『向日葵は東を向く』。そんな作品に対して、北竜が背負っているのはかつて大きく見えた、枯れて萎びた向日葵そのものではないでしょうか。少なくとも、私には『北の女に試されたい』は、北竜と黒水、そして北海道の物語であり、かつて描かれなかった『向日葵は東を向く』の続編であると、そう感じるのです。

この物語の終着駅を楽しみにしています。

北の女に試されたい (電撃コミックスNEXT)

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 参考

箕田海道『北の女に試されたい』(KADOKAWA、2021年)

同『向日葵は東を向く』(未公刊)

同『月形家の二人遊び』(未公刊)

同『おまえをリコーダーで殴りたい』(未公刊)

同『おまえをリコーダーで殴りたい2』(未公刊)

同『おまえをリコーダーで殴りたい3』(未公刊)

同『非存在欲求』(未公刊)

 

*1:同時に初心者向けではない

*2:多分

*3:https://twitter.com/M_N_D_H_/status/1096946777041690624?s=20

*4:明言はされていない

*5:『2』あとがきより

*6:https://yj40comicaward.jp/33/pub/

*7:現在では読む手段が……

*8:きっと私以上の専門家が詳しい話をしているでしょう。多分

*9:個室の扉のガラスから覗き込まれていた

*10:共におまリコから

*11:めちゃくちゃ重要な話なので、単行本未収録なのが惜しい……。https://twitter.com/M_N_D_H_/status/1370791503317016580?s=20

*12:女をナンパする旅

*13:と、目されている