『銀行総務特命』感想─組織と人の闇を浮き彫りにする短編集
池井戸先生は作風が幅広いのが特徴の1つですが、そんな幅広さを活かしたのがこの『銀行総務特命』です。※ネタバレ注意!
本作は全八編からなる連作短編小説集で、企業クライムノベルとしての側面を全開にし、幅広く犯罪を取り扱っています。その幅の広さは、よくもまあここまで思いつくな……と軽くドン引きできるレベルです。
『漏洩』『煉瓦のよう』『官能銀行』『灰の数だけ』『ストーカー』『特命対特命』『遅延稟議』『ペイオフの罠』の八つの物語は、形を変え様相を変えて銀行、ひいては社会というものが持つ歪みとか、闇と言われるものを照らし出しています。
作品発表年からもわかるかと思われますが、池井戸先生が「人間にフォーカス」する以前の作品群なので、全体的にキャラを掘り下げていく池井戸作風に慣れていると、若干面食らうかもしれません。
そのため、これらの作品群は人間模様、というよりは「なぜ」「どうして」「どうやって」その犯罪が起こったのか、という面をメインにして構成されています。また、ドラマ等で有名になった池井戸作風のつもりで読むと驚くと思いますが、今作は短編という事情からか、オチは比較的暗めです。
爽快に撃破してすっきり!というものではなく、未来への希望は描きつつ、どうしようもない昏さを含ませた終わりになることが多々あります。
僕が一番好きなのは最終話『ペイオフの罠』なんですが、多分これが一番くらいんじゃないんでしょうか。価値観の違いからくる、決定的な断絶を描く名編です。
まあ、池井戸先生特有の中二病的な側面もきっちり含まれているので(特命対特命とか)そういう意味での要素も豊富ではあります。『灰の数だけ』のオチとかギャグ以外の何物でもありませんし。『ストーカー』の話の広がり方とかシュールすぎて何も言えません(ただのストーカー騒ぎがなんであんな陰謀論みたいな……)。
『官能銀行』なんかはそのタイトルから全く予想されない、現代にも未だ残る「男社会」の問題を描く名編ですし、『煉瓦のよう』を読んだ後はおそらく働くことが怖くなること必至です。
また、先述で「人間模様というより」とは言いましたが、必要とあらばしっかりとキーキャラクターの心情の描写は描かれるので(先ほど挙げた『煉瓦のよう』など)そういった面に想いを馳せて読むことも可能です。
まあ今にして思えばおそらくこういった作風になっているのはわざとで、つまり現実社会の昏い側面を描くからこそここまで昏くして描いてきている、ということなのでしょう。
ま、みなさんが読むときは好き好きに読んでください。リンクは貼っておきますので……。