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『下町ロケット ヤタガラス』感想─壮大な夢を描く、熱意と誠意の物語。

下町ロケット ヤタガラス

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下町ロケット ヤタガラス

 

先日、ドラマ版が大円団を迎えた『下町ロケット』。その続編二部作の後半であるヤタガラスの感想を書いていきます。

※ネタバレ注意!

 

 

 

概要

下町ロケット ゴースト』はぶっちゃけ微妙で、それは本編のスケールとかオチとかもあったんですが、それは当然の話で、ゴーストはヤタガラスに向けての一冊まるまるかけたプロローグだったんですよね。

丸々一冊かけてキャラクター紹介とテーマをしつこいほどしたおかげで、ヤタガラスの面白さは恐らく単体で読むよりも何十、いや何百倍にもなります。

物語はゴーストから2年、殿村が退職し、島津さんがギアゴースト……伊丹と決別し、財前さんが宇宙航空部から移動させられたところから始まります。

基本的にピンチになって始まる池井戸作品ですが、ヤタガラスは前作から続いてることもあって、歴代でも断トツに崖っぷちに追い込まれた状態からスタートします。

今回は主に三つの視点を行き来してストーリーが展開されます。

「佃視点」と「殿村視点」と「帝国重工視点」と言った感じです。実際にはもっと多く視点が出てくるので、あくまでも参考程度に考えてください。

佃製作者パート

この物語の主人公ですね。基本的には社長の佃航平の視点でストーリーが進行していきます。

このパートが一番性格良くて一番テーマに近いところを描いていると思います。

性格いいとは言いましたけど、仁義も切れない誠意のない相手に対しては悪意全開のモノローグが開始され、特に終盤の伊丹社長に対してはセリフとモノローグ両方でボコボコに殴っていて笑いましたね。ドラマ版では社長は伊丹さんに対して迷いがありましたが、原作ではほぼ迷いなく拒絶の一択だったので……。

ラストに佃社長が取る行動には賛否がありそうですが、僕は好きです。まあ特に反応を調べたりはしてませんが……。目先の利益や自分の利益など関係なく、ただ農業という大きい目的のために邁進する。割と迷走しがちだった他キャラと比べ、佃社長は行動原理が一貫していて良かったです。

帝国重工パート

このパートは、この作品における邪悪を一手に引き受けていました。ただ、このパートも複数回な視点移動を繰り返してストーリーが進みます。その中でメインとなるのが、「的場視点」と「財前視点」です。的場視点は、言わずもがな、今作のメイン敵役「的場俊一」のことです。彼は官僚の息子として育ち、父親の呪縛から逃れるべく帝国重工でのし上がろうと画策しています。対する財前視点とは、言わずもがな今作屈指の良心、お馴染み財前さんです。

今作は財前さんのモノローグが比較的多く、言葉には表れない財前さんの心中がはっきりと描かれます。財前さんもまた理不尽(馬鹿)な同僚にブチ切れていますが、そんなことを今言っても自分のマイナスにしかならないので決して口にはしません。財前さん鉄のメンタルすぎる。まあたまに殺意が視線に漏れ出したりもしますが。奥沢もいいキャラでしたね、かませとして。完璧でしょ。

的場は、父親との確執、そして呪縛から逃れたい、というバックボーンがあり、そのために民間でのし上がる、という目標があったわけで、一応同情の余地はあるんですが、それは作者本人が粉々に砕いてくれます。てゆうか悲壮的な回想の後に入る地の文が辛辣すぎて笑うんですよ。

まあ僕は的場の色々、読み切った上で全く許せないし駄目だと思ってるんですけど、結局父親を否定しようとした男が父親と同じところに期せずしてたどり着く、というのはなかなかエグいな、と思いましたね。

あと帝国重工パートで一番笑ったのは、これ。

殿村パート

今作の重要なファクターである農業を描くパートですね。あとは、父親との関係性も描いているパートでもあります。的場と対比してみると面白いかも。

前作で佃製作所を退職した殿村が農業初心者として逆なろうして頑張る話でもあります。池井戸先生曰く、薀蓄等を直接取材したと言うこの農業パート、閉鎖社会である農村の陰険さも完璧に描いています。ただ、池井戸先生の上手なのは単に嫌味な奴、で終わらせるキャラとそれ以外の扱い方で、吉井がひたすら"終わってる"キャラとして描かれた一方、稲本は名前的にも農業に対する熱い情熱のあるキャラとして描かれました。まあ、だからといって評価が今更変わったりしませんが……。

ここでも池井戸先生の言外の演出が冴えて、稲本の「脱サラで農業とか調子乗るなよ(大意)」のセリフが若者の農業従事者が増えない理由を端的に表してるんですよね。僕は嫌ですよ、こんな陰険な奴ばっかりの閉じたコミュニティで暮らすの。

あとは無人農業ロボットですね。

クボタのサイトとか調べたんですけど、もう去年ごろには試験段階まで行ってるんですよね無人農業トラクター。ここら辺は流石池井戸先生という感じで、先進的な技術とドラマの融合の手際は見事でした。

どんどん技術が進歩して、下町ロケットみたいな世界になったらいいなーとか普通に思いましたね。

ドラマ版について

ドラマ、まあテンポよく見られたし面白かったですね。全体的にイベントとイベントの間の捏造が上手で、ボウリングなんかはその最たる例ですね。原作にはあんなもん一切ありませんからね。

あと一般受けのために大幅に追加された佃家の描写ですが、前作の時は正直大人の事情以上のものを感じ取れなかったのですが、今作では的場俊一という男がいるおかげで佃利菜の描写が大幅に活きてくるという構成になっているのは舌を巻きましたね。

的場も利菜も、同じ父親を超える、という目標がある(ドラマ版では)という共通点があるんですが、ドラマ版ではそこから歪んだ形でしか自分の目的を果たせなかった的場と吹っ切れて父の重圧から解放される、という形で対比させてきたの本当に凄いんですよね。

全体的に原作でほとんど一行二行とか、あるいは数十ページとかいうレベルの出番しかなかったキャラが大幅に出番が追加されています。野木とか。また、物事のスケールも上がっていたりして、そういう部分は素直に受け止められますね。

ただ、その一方で下手くそなオリジナル要素もあって、例えば軽部。彼の定時で帰る設定とそこから生まれる家族設定、あれは原作に一切ない描写です。

そもそも原作軽部は職人気質と言われており、恐らく率先して残業するタイプです。まあ、それすら原作では特に言及無いんですが……。

つまり、軽部のドラマでの行動のノイズは全て家族設定のせいですね。ここに関しては擁護する気ありません。

あと気になったのが、終盤の稲本の稲が刈り切れないくだりで、吉井に激昂するキャラが稲本から殿村に変更された点ですね。

あそこは、そもそも稲本もまた農業に対して情熱のある男である、というのを示すシーンであって、別に今までやり込められてた殿村の逆襲のシーンでは無いんですよね。まあ原作殿村にすると自然大好きな達観したキャラになるのでドラマもクソも無いんですが。

これに関連して、個人的にはコンバインキャラバンはどうかと思いますね。

そもそも原作だとコンバインランドクロウは一台だけ、殿村家に試験的に導入されたもので、あんな意味不明にキャラバンになったりはしません。よって逆シャア的な緊張感のある稲刈りシーンも原作だとありません。あそこに関しては原作の方がいいですね。

総じて、原作とドラマ版はほぼ別物です。

大体、ドラマ版だと竹内涼真演じる立花洋介がフォーカスされていますが、原作では思い出したように描かれては母を繰り返す影の薄いキャラです。最早彼に主題は無いので、というわけなんですが……。

そもそもキャラクタ描写の殆どがドラマ版の捏造なので、もう何もいうことはありません。

ただ、原作のエッセンスを使った映像作品としては非常に良質でしたし、面白かったです。

総評

大体このツイートに集約されるんですが、これを。

準天頂衛星みちびきの情報です。内閣府曰く、4機体制を整備したのち7機体制にするとのことで、図らずもヤタガラスと同じです。

はい、そんなわけなく、恐らくヤタガラスはこのみちびきがモデルかと思われます。

僕はこれニュースで知って、初めて見た時思わず吹き出しちゃって。ぶっちゃけ両方とも空想の産物だと思ってたところにこれだったので、池井戸先生の情報収集力と現実の技術進歩の早さに驚きました。

ガウディの時もそうですが、下町ロケットは現実の風刺的な側面がかなり強めですね。これは池井戸作品全般に言えることなんですが……。

ですが、そういった側面を感じさせすぎることなく、純粋な一本のエンタメに仕上げ、かつ現在の日本の経済的状況をさらっと忍ばせるその手腕は健在で、読んでて非常に楽しかったです。

下町ロケットヤタガラス、傑作ですので、ドラマだけ見た皆さん原作も読んでくださいね!

 

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