アクト-レヴュードライブ

備忘録的なものです。

『ようこそ、わが家へ』感想─匿名性の恐怖を描く名作

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)

『ようこそ、わが家へ』は、池井戸潤先生の作品です。

僕はこの作品を、2015年のドラマ版から知ったのだが、先日ようやく原作を読む機会に恵まれた。

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ドラマ版視聴者の方でも知っている方は少ないと思いますが、原作の要素を再構成して全く違う展開でストーリーが進んでいきます。基本的には原作の流れに忠実なんですが、ドラマオリジナルキャラクターの、神取明日香の存在が大きな違いですね。後は主人公が太一から健太に変更されたり、健太の職業と性格が変更されたり、一部キャラの行動が追加されたりしたぐらいですか。改めて思いましたけど、よく人気出ましたねこれ。

で、ここで感想を述べるのは原作である小説についてです。

原作は、2005年から2007年に渡って連載されたものに加筆修正して2013年に文庫オリジナルとして出版したものです。

タイトルにもした通り、この作品はネット社会に蔓延る、匿名性の持つ怖さに切り込んだ作品となっています。(※以下ネタバレ注意!)

 

 

本作の主人公、倉田太一が駅で注意をしたところから始まるこの物語は、度々太一の過去、父親との思い出が回想として挟まります。

そこで語られていることは、まさに現在、太一が遭っているような嫌がらせと何ら変わらないことで、そこからは過去も今も、人の悪意というものは変わらない、というテーマを感じました。

太一の息子、健太は嫌がらせを行ってくる名無しさんに対して度々憎悪を募らせ、そして自分もまた同じこと、つまり名無しさんとして別の名無しさん、田辺に同じような嫌がらせをしてしまいます。

人間の悪意が連鎖していく様をまざまざと描くここら辺は、人間を描く池井戸先生の真骨頂と思いましたね。しっかりと伏線も貼られてましたし。

また本作の悪役、赤崎信二もまたいい味を出すキャラです。

本人曰く勝ち組だった彼は、会社で初めて行き詰まる、という経験をして、そんな時に太一に注意されました。

そこで自分が悪いと思わず、ひたすら他人に責任をなすりつけていく様は、救いのないクズとして描かれていますが、決してリアリティのないキャラではなく、むしろ現実的なそのキャラ造形に思わず鳥肌が立っていました。いつも思うんですけど、池井戸先生は現実をしっかりと見てますよね。

また本作も企業ミステリとしての側面を持っています。

太一が銀行から出向してきた、ナカノ電子部品で行われている不正に気がつきます。しかしそれを行ったとされる、ガタイのいい営業部長、真瀬博樹はそれをごまかし続けます。

しかし部下の西沢摂子とともに調査していく中で、取引先との壮大な不正の全貌が明かされました。

このパート、太一が成長していく様が見所です。また、本作のテーマの一つとなっている、人間の悪意、というものも描かれますので、そういった意味でも重要なパートですね。

 

個人的に、一つだけ気になったことがあって、それは太一の妻、珪子に贈られた時計に入れられた盗聴器って、いったい誰が仕込んだものだったんですか?本文中では、レザークラフト教室の先生、波戸清治がやったというふうに示唆されていましたが……。

 

正直なところ、いまいち二つのパートの繋がりが一目見ただけでは希薄だったり、上記のような一部未回収の謎など、褒められない部分も少なくはないですが、それを抜きにしてもとても面白いサスペンス小説でした。

 

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)